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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)134号 判決 1993年5月26日

ノルウエー国、オスロ2、ビグデー・アレー 2

原告

ノルスク・ヒドロ・アク シエセルスカープ

代表者

エリン・アンデルソン

訴訟代理人弁理士

曾我道照

小林慶男

池谷豊

古川秀利

鈴木憲七

長谷正久

黒岩徹夫

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

中村健三

中村友之

涌井幸一

主文

特許庁が、平成2年審判第5709号事件について、平成2年12月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1981年6月22日にノルウエー国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年6月22日、名称を「熱交換器」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をした(昭和57年特許願第106273号)が、平成元年12月8日に拒絶査定を受けたので、平成2年4月17日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は同請求を、同年審判第5709号事件として審理したうえ、同年12月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成3年2月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

循環する媒体のための入口及び出口を設けられた胴(1)と、胴(1)の中に置かれると共に組付けられたそらせ板(7)によって支持されている多数の管(8)とから成立っている熱交換器において、管(8)が、胴(1)の中に置かれると共に多数の個々に調節自在なそらせ板(7)を設けられている中心管(6)の回りに配列された管の束を形成していることを特徴とする熱交換器。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、その出願前(優先権主張日前)に出願公告された実公昭55-796号公報(以下「引用例」という。)に記載されたものと実質的に同一であるから、特許を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載内容及び両者の相違点の認定は認める。

審決は、本願発明と引用例のものとが「多数の個々に調節自在なそらせ板によって支持されている多数の管とから成立っている熱交換器である」という点で一致するとの誤った認定をし(取消事由1、2)、相違点について、本願発明の顕著な作用効果を看過したため、実質的な差異ではないとの誤った判断をした(取消事由3)結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取消を免れない。

1  取消事由1

引用例のものは、本願発明のそらせ板が多数の管を支持している構成を有していない。

すなわち、引用例の熱交換器では、そらせ板に相当する邪魔板が摺動可能に配設され、本願発明の管に相当するU字チューブが管板に組み込まれて、固定されている。もし、摺動可能なものが固定されているものを支持するというのであれば、その特別の構成が必要であるのに、引用例にはそのような特別の構成について何ら記載がない。結局、引用例のそらせ板は多数の管を支持してはいないのに、審決は、これを誤認して両者が一致するとした。

2  取消事由2

引用例には、本願発明の「多数の個々に調節自在なそらせ板」は開示されていない。

引用例に記載の一定間隔で取り付けられている各そらせ板間のピッチを変化させるということは、各そらせ板間の全間隔を一律に変えるということを意味しているのにすぎず、これを本願発明のそらせ板が個々に調節自在であることと同一ということはできない。

審決はこの相違点を看過した。

3  取消事由3

本願発明は、中心部材が中心管であることから、最小の圧力降下で均一な流れを胴の中に生じさせることができ、組立ての際にはそらせ板の調節の基準線となり、そらせ板の調節手段の設置場所となるという顕著な作用効果を有する。これに対し、引用例の調整棒は、胴の外から操作して各そらせ板の間隔を調整する作用効果を有するにすぎない。審決は、本願発明の顕著な作用効果を看過し、その相違点は必要に応じて設計できることであり、格別の技術的意義が認められないから実質的な差異ではないとの誤った判断をした。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は相当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

引用例には、「調整棒11のシエル内の部分には複数の邪魔板12a……12eが一定の間隔で取付けられており、これらの各邪魔板間にはコイルばね13、13……が介在されている。……邪魔板12aはナツト14によつて調整棒に取付けられ、……各邪魔板にはU字チューブ用孔20、20……調整棒用孔21および案内棒用孔22、22がそれぞれ穿設されている。……調整棒11を左回転させて、調整棒全体を右方向へ移動させたとすると、邪魔板12aはコイルばね13、13……を均一に圧縮して各邪魔板のピツチを縮少させる。」と記載されており、また、図面に記載された邪魔板12a……とチューブ6との相互関係からみても、邪魔板に穿設されたチューブ用孔により多数の伝熱管を支持していることは明白である。

2  同2について

引用例には、「各邪魔板間に弾性部材を介在せしめ、シエル本体外に適宜突出された調整部材によつて、これら各邪魔板間のピツチを変化させ、熱交換能力と流体抵抗を変えることができるようにした」と記載されており、各邪魔板間のピッチを変化させるということは、個々の変化をも包含するものである。そして、弾性部材として弾性応力の異なるものを適宜選択することにより、そらせ板を個々に調節することができる。

3  同3について

本願発明の要旨をなす特許請求の範囲第1項には、「胴(1)の中に置かれると共に多数の個々に調節自在なそらせ板(7)を設けられている中心管(6)」と記載されているのみで、中心管の中に、そらせ板を管に対し個々に調節して、管を引き締めて支持するための手段を設けることが可能云々とするための発明の構成は記載されていないから、原告の主張は無意味である。結局、本願発明と引用例は、そらせ板が設けられているのが本願発明では中心管で、引用例では調整棒であるという相違があるのみであり、これは当業者が必要に応じてなしうる単なる設計的事項にすぎず、格別の技術的意義は認められない。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いはない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由2について判断する。

(1)  前示当事者間に争いのない本願発明の要旨に示されているとおり、本願発明は、多数のそらせ板が「個々に調節自在」であることを必須の構成としている。

この構成に関し、甲第2号証により認められる本願明細書には、「可動のそらせ板7が、基準線に関して中心線からの傾斜と中心線からの距離との両方に関して正確に調節されている。」(5頁17~19行)、「そらせ板7は、……溶接11によつて取付けられたボルト10を設けられている。中心管6は、……ボルト10の差し込みのために、多数の案内ソケツト12を設けられている。そらせ板7は、……上述の動くことのできるそらせ板7として対に群とされるか、又は、中心管6に直接的にボルト(……)によつて固着された固定されたそらせ板として群にされるかする。中心管6に固着された案内ソケツト12は、案内スロツトを設けられているが、これらのスロツトは、そらせ板7の上の下縁13に、そらせ板7の中心管6の中心線及び相互に関する各位置及び角度が一定であるように係合されている。」(6頁5~20行)、「そらせ板7を案内ボルト10を介して、これらの案内ボルト10が中心線から胴1の方に動かされ、このようにして、熱交換器の管8を引き締める……。」(7頁4~7行)、「押し引き棒9は、また、そらせ板7が中心管6に対して直角ではない他の方向に動かされるように設計されることもできる。」(7頁15~18行)、「そらせ板7の間の距離及びそれらの傾斜を選択することによつて、流速の模様を大きな範囲内で変えること及びある与えられた応用、媒体又は熱交換器の寸法又は容量に対して、最善である流れ模様を選択することが可能となる。」(8頁19行~9頁4行)との記載があることが認められる。

この記載と甲第3号証により認められる本願明細書の添付図面によると、本願発明において、そらせ板が「調節自在」であるとは、そらせ板の間隔、傾斜及び方向が調節できることを意味すると認められる。そして、「個々」に調節自在とは、その言葉の意味からして、本願発明の多数のそらせ板は、あるそらせ板が他のそらせ板とは独立して調節可能であるという趣旨と解するのが相当である。すなわち、本願発明は、管をそらせ板の開口に差し込んだ後、そらせ板を適宜調節し、調節したものと調節しないもの、または調節量の異なるものを混在させ、それによって管を引き締めて支持することを可能とする構成を採用したものと認められる。

(2)  これに対し、甲第4号証によれば、引用例に記載された邪魔板は、その記載からみて、複数の板の動きは互いに連動し、他の板の動きに追従して移動するものであって、互いに独立して移動するものではないと認められるから、このような構成の邪魔板を「個々に調節自在」であるということはできない。

すなわち、引用例には、「調整棒11のシエル内の部分には複数の邪魔板12a……12eが一定の間隔で取付けられており、これらの各邪魔板間にはコイルばね13、13……が介在されている。」(2欄32~35行)、「右端の邪魔板12eは管板5に固定された案内棒15、15にナツト16、16によつて取付けられている。」(3欄1~3行)、「調整棒11を左回転させて調整棒全体を右方向へ移動させたとすると、邪魔板12aはコイルばね13、13……を均一に圧縮して各邪魔板のピツチを縮少させる。」(3欄11~14行)と明示されているうえ、邪魔板間隔につき、変更前及び変更後の各ピッチをP1、P2として熱交換能力式を表示していることが認められる。

この記載によれば、引用例においては、変更前及び変更後とも邪魔板間隔はすべて均一であるように調整することを前提にしているものと解するほかはなく、これに反する被告の主張は採用できない。

そして引用例の記載をすべて検討しても、引用例のものが、本願発明における前示認定の、菅を引き締めて支持することを可能とする「個々に調節自在なそらせ板」に該当する構成を有しているとは認められない。

2  以上のとおり、本願発明と引用例のものとは、そのそらせ板の構成において同一とはいえないから、これを一致するとした審決の認定は誤りであり、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由につき判断するまでもなく、審決は違法として取消を免れない。

3  よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

平成2年審判第5709号

審決

ノルウェー国、オスロ 2、ビグデー・アレー 2

請求人 ノルスク・ヒドロ・アクシェセルスカープ

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 曾我道照

昭和57年特許願第106273号「熱交換器」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年3月9日出願公開、特開昭58-40493)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和57年6月22日(優先権主張1981年6月22日、ノルウエー国)の出願であって、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「循環する媒体のための入口及び出口を設けられた胴(1)と、胴(1)の中に置かれると共に組付けられたそらせ板(7)によって支持されている多数の管(8)とから成立っている熱交換器において、管(8)が、胴(1)の中に置かれると共に多数の個々に調節自在なそらせ板(7)を設けられている中心管(6)の回りに配列された管の束を形成していることを特徴とする熱交換器。」

これに対して、原査定の拒絶理由に引用された実公昭55-796号公報(以下、引用例という)には、熱交換器について記載され、第1図について、「このシエル本体1には、第1流体供給管1および第1流体出口管3が取付けられ、その両端は端板4および管板5によって閉塞されており、この管板5にはU字チユーブ6の両端が組込まれている。・・・〔中略〕・・・一方、上記端板4には、これを貫通してねじ部11aが設けられた調整棒11が螺合されており、また、調整棒11の端板4から突出した部分には把持部11bが設けられている。」(1頁右欄18行~28行)、「他方、この調整棒11のシエル内の部分には複数の邪魔板12a・・・12eが一定の間隔で取付けられており、これらの各邪魔板間にはコイルばね13、13・・・が介在されている。」(2頁右欄32行~35行)と記載され、

第2図について、「これらの各邪魔板にはU字チユーブ用孔20、20・・・調整棒用孔21および案内棒用孔22、22がそれぞれ穿設されている。」(2頁左欄5行~7行)と記載され、

また第3図について、「調整棒11の把持部11bを回転させると調整棒11は回転しながら左右に移動する。例えば、調整棒11を左回転させて、調整棒全体を右方向へ移動させたとすると、邪魔板12aはコイルばね13、13・・・を均一に圧縮して各邪魔板のピツチを縮小させる。」(2頁左欄9行~14行)と記載されている。

そこで、本願発明と引用例に記載されたものとを対比すると、引用例記載のシエル、邪魔板、チユーブは、それぞれ本願発明の胴(1)、そらせ板(7)、管(8)に相当するから、両者は、循環する媒体のための入口及び出口を設けられた胴と、胴の中に置かれると共に多数の個々に調節自在なそらせ板によって支持されている多数の管とから成立っている熱交換器である点で一致し、本願発明は、管をそらせ板が設けられている中心管の回りに配列させているのに対し、引用例記載のものは、前記中心管に相当するものが調整棒、すなわち棒状のものである点で一応相違している。

つぎに、前記相違点について検討する。

このような中心部材としてどのような形状のものを用いるかは必要に応じて設計的にできることであり、本願発明のように管状のものとしたことに格別の技術的意義は認められないから、この相違点は実質的な差異ではない。

したがって、本願発明は、引用例に記載されたものと実質的に同一であると認められるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

なお、原査定の拒絶理由は、本願発明は引用例に記載されたものから容易に発明をすることができた旨のものであるが、容易であるか否かという進歩性の判断においては、本願発明は引用例に記載のものと同一であるか否かという同一性の判断が前提となるものであるから、同一性に基づく拒絶理由を改めて通知しないこととする。

よって、結論のとおり審決する。

平成2年12月20日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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